「不合格」の文字を、何度も読み直した日
合格発表の日、僕はウカロの画面を一人で開いていた。
正直、わかっていた。落ちているだろうということは、自分が一番よく知っていた。それでも画面に表示された「不合格」の文字を見たとき、頭が真っ白になった。
見間違いじゃないか。何かの表示バグじゃないか。そう思って、何度もページを読み込み直した。5回、10回、いや、もっとかもしれない。だが何度更新しても当然、結果は変わらなかった。
その瞬間、本気で「死にたい」と思った。
大げさな表現じゃない。誰にも相談せず、一人で結果を見て、一人でその感情を抱えた。浪人までさせてもらったのに、努力できなかった自分自身が、心の底から軽蔑の対象になった。
この記事は、その原因を一切の言い訳なしに書いていく。同じように「なぜ自分は受験に落ちたのか」と検索している誰かに少しでも「受験は甘くない」ということが届けばと思う。
現役時代:上智という目標と、終盤の失速
現役のとき、僕は上智大学を目指していた。
最初から絶望的な差があったわけじゃない。むしろ、そこそこ手応えを感じながら勉強を進めていた時期もあった。でも受験が近づくにつれて、成績はじわじわと落ちていった。伸び悩むというより、明確に「落ちていく」感覚だった。
結局、現役では上智はもちろん、どこの大学にも受からなかった。全落ちだった。
今振り返ると、終盤の失速には明確な理由があった。追い込みの時期に踏ん張りきれなかった。プレッシャーに押しつぶされるように、勉強への集中力そのものが崩れていった。
だが当時の俺は、その原因と真剣に向き合わないまま、浪人生活に突入することになる。
浪人時代:「現役の貯金」という慢心が招いた失敗

浪人が始まった当初、俺にはある種の余裕があった。
「現役のとき、あれだけ勉強したんだから知識の貯金がある」
そう思っていた。この慢心が、結果的に現役時とまったく同じ失敗を繰り返す原因になった。過去の努力を担保に、今の自分をごまかしていただけだった。
努力したくない自分を支離滅裂な理由で正当化していた。
浪人は、いわば人生をやり直すための一年のはずだった。だが実際にやっていたことは、現役時代の繰り返しだった。同じように後半で失速し、同じように「不合格」の文字を見ることになった。
失敗する人には再現性がある。俺はそれを、身をもって証明してしまった。
理想は10時間、現実は1時間。スマホに飲まれた宅浪生活

ここからは、一番恥ずかしく情けない部分を正直に書く。
理想としては、1日10時間以上勉強するつもりだった。前回の失敗を生かして合格できるというような、模範的な浪人生活をイメージしていた。
でも現実は、1時間ほど机に向かって、それで終わってしまう日がほとんどだった。
原因は明確で、スマホを触る手が止まらなかった。TikTokを開いて、意味もなくスクロールし続ける。飽きたらゲームを開く。そんな、自分でも「クソだな」と思うような生活を、毎日繰り返していた。
俺は完全に宅浪だった。予備校にも塾にも通わず、一人で勉強する環境を選んだ。孤独感は、意外となかった。誰かと比べられることもなく、むしろ気楽だったのかもしれない。
だが、その「一人で勉強できる環境」が、逆にスマホ依存を加速させた。誰にも見られていないから、いくらでもサボれる。気づいたら数時間が経っていることがざらだった。
やめたくても、なぜかやめられなかった。意志の力だけでは、どうにもならない何かがそこにあった。
8月焦りが生まれても本腰を入れられなかった理由
8月頃になると、現役生たちが猛烈な追い上げを見せてくる。夏休みという最大の勉強期間を使って、彼らは本気で仕上げてくる時期だ。
俺もその気配は感じていた。「まずい、追いつかれる」という焦りは確かにあった。
でも、なぜか本腰を入れることができなかった。焦りはあるのに、行動が伴わない。この矛盾こそが、浪人失敗の一番の核心だったと思う。
危機感を持つことと、実際に行動を変えることの間には、想像以上に大きな壁があった。
模試の偏差値は、本番が近づくにつれてむしろ下がっていった。結果を見せろと親に言われたとき、俺は「なくした」と嘘をついた。そして、その模試の結果をビリビリに破いて捨てた。
親に本当のことを言えなかった。自分の失敗を、直視することすら怖かった。
受験に落ちる人の特徴・まとめ

ここまでの経験を振り返って、「受験に落ちる人の特徴」を整理してみる。もし当てはまるものがあれば、まだ間に合ううちに見直してほしい。
1. 過去の成功体験に頼って慢心する 「前はできたから今回も大丈夫」という根拠のない自信は、一番危険なサインだ。過去の自分と今の自分は別人だと思うくらいでちょうどいい。
→ 対策:模試や過去問の結果など、”今の実力”を示す数字だけを判断材料にする。感覚や過去の記憶を判断基準にしない。
2. 依存対象(スマホなど)を放置する 「意志の力でなんとかなる」と思っている間は、まず対策できない。依存は根性でどうにかなる問題ではなく、環境を変えないと解決しない。
→ 対策:勉強する部屋にスマホを持ち込まない。物理的に距離を作る。使うとしても、時間を区切ってタイマーで強制終了する。
3. 危機感はあっても行動に移せない 「まずい」と思う瞬間は誰にでもある。問題は、その焦りを次の行動にどう変換するかだ。焦りだけで終わると、ただ消耗するだけになる。
→ 対策:焦りを感じた瞬間に、その日のうちに何か一つでも行動を変える。「明日から」ではなく「今日から」「今から」を徹底する。
4. 本当のことを言えず、問題を一人で抱え込む 模試の結果を隠す、嘘をつく。これは問題そのものより、問題と向き合うことへの恐怖から来ている。隠せば隠すほど、後で受ける衝撃は大きくなる。
→ 対策:結果が悪くても、まず誰か一人にだけは正直に話す。親でも、友人でも、先生でもいい。一人で抱え込まないことが、状況を変える最初の一歩になる。逃げずに状況の解決に向かうことが重要だ。
5. 理想と現実のギャップを直視しない 「10時間やるべきなのは分かっている」という理想論だけを掲げて、それを達成できていない現実を変えられずにいる。このギャップが、本番で差になって現れる。
→ 対策:理想の勉強時間ではなく、実際にできた時間を毎日記録する。ごまかしようのない数字を、自分の目で見る習慣を作る。勉強時間か質どちらかにおいて昨日の自分を超えることを目標にするとよい。
今の自分から、あの頃の自分へ
もし今、あの頃の自分に会えるなら、こう言いたい。
スマホに飲まれるな。 自分で立てた目標くらい、自分で達成しろ。
きれいごとでも根性論でもない。当時の自分に本当に必要だったのは、この2つだけだったと今でも思う。
毎日ほんの1時間でも、多く机に向かっていれば。今でもそう思わない日はない。10時間とは言わない。理想と現実の差を、1時間でも縮められていたら、結果は違っていたかもしれない。
受験の失敗は、才能の差でも環境の差でもなく、「今日の1時間」を積み重ねられるかどうかの差だったと、今の俺は思っている。
この経験は恥ずかしいが、決して消せない過去だ。
そこからどう立て直してきたかについては、別の記事で書いている。もし今、同じように苦しんでいる人がいたら、あわせて読んでもらえたら嬉しい👇



コメント